[6]ピタゴラス -数の不思議・音の不思議-
古代ギリシャの哲学者・数学者・ピタゴラス教団の祖。紀元前580年 頃、ギリシャのサモス島生まれ。哲学者タレスの弟子となり、エジプト に遊学。アレキサンドリアで当時最先端の科学を学んで帰国。独裁体制 の進むサモス島を去って南イタリアのクロトンに倫理政治アカデミー( ピタゴラス教団)を設立。ピタゴラス教団は一種の宗教団体で、ピタゴ ラスの教えを守り、ピタゴラス没後の紀元前4世紀末まで存続。教団で は永遠の真理を学ぶ手段として数学や音楽を重視。ピタゴラスは何らか の書物を書き残してはいないので、その業績を明らかに分けるはできな いが、ピタゴラス教団の業績は顕著で、プラトンやアリストテレスの哲 学に影響を及ぼし、数学ならびに西洋合理哲学の発展に大きく寄与。紀 元前500年頃没。
ピタゴラスは、<All is number.>すなわち<万物は数の関係にしたが って秩序づけられる。>と考えていました。つまり、ピタゴラスにとっ て数こそが世界をかたちづくるエッセンスでした。というのは、あらゆ る現象が数の関係として把握され、理解されるからでした。ただし、数 といっても、現在の私達が考えているような全く抽象的なものではなく、 ある幾何学的な形を伴って実在するものでした。さらに、その「形=数」 こそが人間(魂)と対象物(現象)とを取り結ぶ仲介者であると考えて いたようです。ピタゴラスによるこの事実の発見は、西洋の科学的伝統 を考える上でも、たいへん重要な一大事件として位置付けられます。

ピタゴラスは子供の頃から幾何学的直観に優れていたようで、つぎのよ うなエピソードも残されています。あるときピタゴラスが薪を運んでい ると、通りかかった人がピタゴラスに声をかけてきました。その人は、 ピタゴラスにその背負っている薪を降ろしてもう一度積んで見せてくれ るよう頼んだのでした。薪を積むのを見たその人は、その組み合わせ方 に感心して、ピタゴラスに学者になることを勧めたということです。

ピタゴラス(あるいはピタゴラス教団)の業績のいくつかを挙げると、 (1)幾何学(たとえば、ピタゴラスの定理、三角形の内角の和、正五角形 の作図、正多角形による平面の埋めつくし、正多面体の種類)、(2)数論 (たとえば、黄金数、形象数、無理数の発見)、(3)音楽(たとえば、音 の高さと数の比例、完全5度の発見、ピタゴラス音階、など)がありま す。

とくに黄金数の神秘を深く直観していたようで、教団のシンボルである星 形五角形との密接な関係からもこのことを伺い知ることができます。たと えば、星形五角形の対角線は互いに黄金数の比で分割し合っています。さ らにそれらの交点を結ぶと、(1/黄金数)の比で縮小された星形五角形 が新たに出現します。この操作を繰り返すと各々(1/黄金数)の比で縮 小された星形五角形の無限列が生成されます。

また、美術や建築の分野では昔から黄金分割が意識的あるいは無意識的に 用いられてきました。ここにも、私達の美意識を支えているものの神秘が 現れているようです。その他、タンポポの葉序からエイズウイルスに至る まで黄金数は私達の身の回りのそこここに存在するようです。ピタゴラス の「数=形」に対する考えはかなり的を得ているように思います。

音楽についても、ピタゴラスは「音の科学」の祖として位置付けられます。 音に対して初めて科学的なアプローチを試みました。大きな発見は、「音 程は数の比で表される」ということでした。たとえば、オクターブは1:2 、五度は3:2、四度は4:3、などです。ピタゴラスは音の調和(ハーモ ニー)に神秘を直観し、調和的な音による音階を探求しました。そして、一 弦琴(モノコード)を用いた研究により、現在純正律と呼ばれている調和的 な音階の原型であるピタゴラス音律(リデイア旋法)を確立しました。 「音階の調和」という発見は、後に「宇宙の調和」や「天体の音楽」という 考えに発展し、ケプラーなどにも大きな影響をあたえました。