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: 月の岩石の磁性から見た月面の状態 : 磁性を利用する現代の科学 : 磁性を利用する現代の科学   目次

地球の岩石磁気学と古地磁気学

地球上の種々の元素の同位体組成比は,地球が誕生して,現在に至る進化の過程を記録している化石として,地球内での物質や元素移動のトレーサーとして用いられた.一方,地殻の動きや大陸移動といった過去の運動を知るには,以下に示す古地磁気学的手法が用いられてきた.

岩石に刻まれた残留磁化は,古地磁気座標系での位置を与えてくれるので,これを目印にして過去の運動の軌跡を探ることができる.つまり,岩石の残留磁化は地殻運動のトレーサーとして用いられる.このような古地磁気学的手法は1950年代以降,地球科学の分野における問題に適用されて,数多くの成果を上げてきた.その中でも,海洋底拡大説や大陸移動説の立証などは,現在の地球科学の革命的な転機となったプレートテクトニクスの基礎の確立に大きな役割を果した.以下,古地磁気学の基礎となる岩石の磁化機構を簡単に述べよう.

一般に火山岩はかなり強い磁化を帯びている.これは,火山岩中に含まれる微小なチタノマグネタイト粒子が自発磁化をもつためである.ここでのチタノマグネタイトは,マグネタイト(Fe$_{3}$O$_{4}$)とウルボスピネル(Fe$_{2}$TiO$_{4}$)の固溶したものを呼ぶ.マグネタイトが強磁性体となるキュリー温度は575℃であるが,ウルボスピネルの含有量が高くなるにつれてキュリー温度は低くなる.一般の火山岩に含まれるチタノマグネタイト中のウルボスピネルは40〜70%であり,キュリー温度は200〜400℃である.

一般の強磁性を示す物質は,そのキュリー温度より高い温度から磁場中で冷却すると,加えた磁場方向と平行に強い安定な残留磁化を獲得する.この残留磁化は熱残留磁化と呼ばれる.火山岩がマグマとして噴出したとき,その温度は1,000℃以上もあり,チタノマグネタイトのキュリー温度より高い.したがって,マグマが冷却して火山岩をつくる過程で,火山岩は地球磁場と平行な残留磁化を得る.火山岩の熱残留磁化は,室温程度の環境におかれる限り,地球の年令程度の時間スケールを経ても安定に維持されることが,理論的にも実験的にも保証されている.したがって,火山岩の残留磁化は,そのマグマの冷却した時期の地球磁場化石と考えることができる.この熱残留磁化は,岩石の形成時の地球磁場を記録しているという優れた特性をもつが,火山岩より得られる知識には大きな限度がある.それは火山の噴出の断続性である.全世界を考えても,火山噴出の頻度は僅かなものであり,過去の地球磁場の時間変化をたどることは不可能である.連続的な記録をたどる試料として,海底などに堆積して形成された堆積岩の磁性について考える.深海底ではほぼ1,000年に1 [mm]程度の速度で堆積が進む.したがって海洋底より採集した100 [m]程度の棒状のコアは1億年以上の堆積物よりできている.この深海底堆積物は,希薄ではあるがマグネタイト粒子を含んでおり,そのため火山岩の約100分の1程度は残留磁化をもっている.

図 4.1: 深海低泥に刻まれた過去地球磁場の記録.左側から海底泥コアの年代(化石で決めた)とその岩石学的タイプ.中央に残留磁化の強度(単位ガウス)と伏角,右側に地球磁場極性の変化(黒は現在と同じ極性,白は反対方向)を示す.(Tauxe et al., 1984による)
\includegraphics[width=120mm,bb=30 30 560 820]{f2-14.eps}

堆積物はどのようにして残留磁化を得るのだろうか?それは,マグネタイト粒子が微粒子として,海水中をゆっくり沈澱したり,堆積して岩石となった後,数万年という長い時間をかけて配向したものと考えられる.このような理由で堆積岩の残留磁化による地球磁場の記録には数万年程度の不確定さが残る.しかし,通常年代を決定するのは,堆積岩中に含有されている,その時代に生きていた典型的な生物体の微化石に依存していて,この方法は年代決定に対してより大きな曖昧さをもっているので,上記の不確定さはあまり問題にならない.

何百メートルにも及ぶ深海底の堆積物のボーリング・コアの残留磁化の測定より,1億年以上にわたる地球磁場の連続記録について知識を得ることが期待される.しかし,実際問題として用いるにはいくつかの問題を解決する必要がある.第一には,微弱な残留磁化を測定するためには,非常に高感度の磁力計が必要となる.これは,1970年代になり市販されるようになった超伝導ジョセフソン素子を用いた磁力計の普及により解決した.もう一つの問題は,堆積物が岩になるときに,その当時の地球磁場を記録する訳だが,それ以後に記録が少し変化する可能性がある.これは,磁性体を磁場中に放置しておくと,その磁化が少しずつ外場の方向を向いてくる粘性残留磁化の効果である.一般に地球上の岩石のすべてのものは,このような粘性残留磁化をもっていると考えられる.しかし,火山岩では熱残留磁化の方がはるかに大きいため,粘性残留磁化は無視できる場合が多い.したがって,微弱な堆積残留磁化は堆積時に得た一次磁化と堆積時から現在までの間,地球磁場下で得た粘性残留磁化の合成磁化として解析されるべきである.ここで,われわれが興味がある一次残留磁化を取り出すために,二次残留磁化を取り除くことが必要となるが,そのために適当な磁場振幅をもつ交流消磁法が用いられている.このように注意深い交流消磁を受けた堆積物コアより,地球磁場の変動の記録を得ることができる.

4.1に深海底コアより得られた地球磁場の極性の経年変化を示す.図4.1に見られるように,地球磁場は何度もその極性を変えてきている.この反転がどのような機構により生じているのかは,まだよくわかっていない.しかし,図にみられるように,地球磁場が逆転する前後に残留磁化の大きさが減少する傾向がみられるのは興味深い.


Masashige Onoda 平成18年4月11日