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核磁気共鳴と臨床検査

近年に進歩した画像診断の代表にCT4.1と並んでMRIがある.MRIは,磁気共鳴イメージング(Magnetic Resonance Imaging)の略であり,核磁気共鳴という物理学の原理を利用して,内臓の三次元画像や断層画像を撮影する検査法をいう4.2

最近,脳ドックという脳専門の検診センターが流行している.ここでは,CTなどいくつかの脳検査が行われるが,その中の目玉がMRIであることが多い.MRIにより脳梗塞の有無が判定され,また特殊なMRIであるMR血管撮影(MRA)により脳動脈瘤の有無が判定される(図4.8).

図 4.8: 脳底動脈のMR血管撮影.矢印は動脈瘤を示す.

脳ドックで採用されていることからわかるように,MRIは脳の疾患,すなわち,脳腫瘍や脳血管障害に威力を発揮する.また,脊髄の疾患や関節の診断にも有効なことが多く,腹部臓器や骨盤内臓器の診断にもよく使われる.しかし,胃や腸などの消化管,肺や骨の診断に関しては,X線など他の検査法と比して優れているとはいえない.

MRIはCTと同様に三次元のデータが得られるので,病変部の立体形状の把握に優れ,手術シミュレーションなど様々な三次元画像処理に用いられる.次にMRIとはどのような装置であるか,もう少し詳しく見てみよう.

4.9(a),4.9(b)はそれぞれ超伝導磁石および永久磁石を用いた装置を示す.患者は寝台上に寝た状態で撮像部に運ばれる.超伝導磁石を用いた装置は磁場強度が大きいため良好な画像が得られるが,図に見るように閉鎖的である.一方,永久磁石を用いた装置は開放的なため,閉所恐怖症の患者,幼児など介助が必要な患者に用いられる.また,穿刺して組織を採取するなど様々な手技を行うのに適している.しかし,一般に磁場が低いため画像の鮮明さでは劣る.

図 4.9: MRI装置;(a) 超伝導磁石および(b) 永久磁石を用いた装置.

4.10は撮像部の内部を示したものである.これは磁石,送受信コイル,勾配コイルからなる.

図 4.10: MRI装置撮像部の構成
\includegraphics[width=120mm]{F8.bmp}

磁石は,MRIを行うために必要な強い静磁場を発生させるためのものである.現在医療に用いられている磁場強度は最大1.5 [T]であるが,研究用には3〜4 [T]のものも用いられている.送信コイルは被写体に電磁波を照射するためのものであり,受信コイルは被写体で発生する微弱な電磁波を検出するためのものである.MRIでは検出信号に発生部位のコードを付けるために,撮像視野内で少しずつ磁場強度を変化させる(視野全体で$1/1000$くらいの変化)が,これを行うのが勾配コイルである.撮影中のMRI装置ではタンタンタン・・・と床をたたくような音が繰り返される.これは,勾配コイルにパルス的に電流を流すとき,コイルが締め付けられ発生する音である.

4.1に示すように,人体内にはスピンを持つ原子核が何種類か存在するが,MRIの対象となるのは水素原子核のみである.というのは,MRIは微弱な信号を対象とするため原子核が豊富に存在する必要があり,その条件を満たすのは人体の60 [%]を占める水の構成要素である水素原子核だけだからである.他の原子核は天然存在比が少ないか,または人体の構成比が少ないため,対象とならない.

表 4.1: スピンを持つ原子核(人体構成元素)の例
原子核 同位体存在比 (%) 人体構成比 (原子数%) 共鳴周波数 (MHz T$^{-1}$)
水素-1 99.98 63 42.6
炭素-13 1.1 9.5 10.7
ナトリウム-23 100 0.08 11.3
リン-31 100 0.02 17.2

図 4.11: 傾斜磁場(勾配磁場)
r0.35
\includegraphics[width=0.35\textwidth]{F10.bmp}
プロトン核磁気共鳴によりどうして内臓の三次元画像や断層画像が得られるのであろうか.ここで勾配コイルが重要な役割を果たす.MRI装置の撮像部には,磁石で作られる強力な磁場の他に,勾配コイルにより少しずつ変化する磁場が加えられている.この磁場は,実際には$X$$Y$$Z$の三方向に別々に変化するのであるが,ここでは単純化して,図4.11に示すように$X$方向のみに強度が変化すると考える.ここで,撮像部の磁場は
$\displaystyle B = B_{0} + G_{X}\cdot X,$     (4.4.1)

のように$X$座標の一次関数として与えられている.これを傾斜磁場あるいは勾配磁場という.傾斜磁場中の$X$の位置にあるプロトンの共鳴周波数は,
$\displaystyle \omega = \gamma B = \gamma B_{0} + \gamma G_{X}\cdot X = \omega_{0} + \gamma G_{X}\cdot X,$     (4.4.2)

のように$X$座標とともに変化する.

図 4.12: 傾斜磁場中の被写体の出す信号(周波数により位置がわかる)
r0.35
\includegraphics[width=0.35\textwidth]{F11.bmp}
4.12は,傾斜磁場中の被写体から発生する信号を模式的に示したものである.図の2本の試験管には水が入っている.水分子中のプロトンスピンが緩和するとき,信号を発生するが,試験管ごとに信号の周波数は異なる.そして,周波数の異なる信号がプロトンの数に比例した割合で混合されて検出される.これを周波数成分に分けると$X$方向の分布が再現される.これで一方向の分布が得られたわけだが,同様の原理を$Y$方向,$Z$方向にも適用することで三次元の分布が得られる.この分布の適当な断面を表示すれば断層画像が得られる.MRIでは,CTのような横断断層(身体の長軸に直角な断面)だけではなく,縦断断層(身体の長軸に平行な断面)や任意角度の断面も容易に得られる.また三次元の分布を適当に画像処理することで三次元画像を得ることができる.MRIでは核磁気共鳴の際に発生してくる電磁波に発生場所のコードをつけ,コンピュータ処理で元の場所にマップしている.したがって,MRIは被写体のNMR信号強度を画像化しているといえる.NMR信号はプロトンの密度に比例し,緩和の特性に関係する.ここで,人体を撮影する場合,プロトンの密度は肺と骨で少ないが,他の組織間では大きな差はない.人体からのNMR信号の強弱は大部分,緩和特性の差による.緩和とは,プロトンスピンが励起準位から基底準位に戻る過程である.そのエネルギー差は非常に小さいため,緩和に要する時間は秒程度になる.純粋な水のプロトンスピンが3秒程度,血液などの体液が1秒程度,その他の組織は0.1〜1秒に分布する(表4.2).
図 4.13: 繰り返し時間と信号強度の関係
r0.35
\includegraphics[width=0.30\textwidth]{F12.bmp}

表 4.2: 人体組織のスピン-格子緩和時間
組織 スピン-格子緩和時間 (ms)
脳(皮質) 377
脳(髄質) 285
脳の浮腫 500
脳脊髄液 1155
甲状腺 275
甲状腺腫瘍 650
211
肝癌 432
脂肪組織 189

4.13はデータ収集の繰り返し時間と信号強度の関係を見たものである.緩和時間の長い組織と短い組織の二つを示してあるが,適当な繰り返し時間で撮影すれば両者の差を大きくでき,コントラストをつけられることがわかる.MRIでは電磁波を加えたり切ったりする一連の処理を繰り返すが,その一周期のことを繰り返し時間という.図4.14は,同じ被写体で繰り返し時間を変えた画像である.

図 4.14: 頭部のMR画像;短い繰り返し時間と長い繰り返し時間
\includegraphics[width=120mm]{F13jpg.bmp}

正常組織と腫瘍との違いはスピン-格子緩和時間スピン-スピン緩和時間に現れる.これは自由水と結合水の違いに起因する. 先に緩和特性に触れたが,結合水の場合,自由水に比べると,水素結合のためにエネルギーの移動が起こりやすい.

ダマディアンは,ラット(体重150〜500 [g])を殺して切断し,1.5 [ml]程度の小片を作り,5 [分]以内で,0.56 [T]の磁場中,周波数24 [MHz]で$T_{1}$$T_{2}$を測定している.$T_{1}$については,正常組織が0.293〜0.595 [s]の範囲にあるのに対して,腫瘍の場合は,肉腫と原発性肝癌が0.736〜0.826 [s]となり,有意差が認められた.$T_{2}$については腫瘍の方が約2倍の大きさになっている.

ヒトの場合の腫瘍組織について24 [MHz]で測定した$T_{1}$の結果を表4.3に示す.同じ臓器で正常部分と腫瘍部分とで$T_{1}$は際だって違いがみられる.

表 4.3: ヒトの腫瘍組織に対する$T_{1}$(24 [MHz])
肺 癌            0.550 [s]以上
 その周辺組織        0.200 [s]以下
肝 臓            0.650〜0.800 [s]
 その周辺組織        0.300 [s]


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Masashige Onoda 平成18年4月11日