筑波大学大学院博士課程
物理学研究科

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2、素粒子実験


素粒子実験グループは、米国フェルミ加速器研究所のテバトロン加速器における、 陽子・反陽子衝突実験、CDF (Collider Detector at Fermilab) 実験を行っている。 この重心系エネルギー1.8 TeV という世界最大の加速器では、トップ・クォーク質 量の精密測定、未知の粒子の探索など多くの興味深い研究課題がある。

Particle Physics, Experiment (High Energy Physics)

The High Energy Physics Group is actively pursuing the truth of nature through the CDF proton-antiproton collider experiment at the Tevatron accelerator at Fermilab, USA. At the world's highest energy of 1.8 TeV center of mass, we have an excellent opportunity to measure the top quark mass, to search for new particles, and to study many other interesting physics.

1)エネルギー最前線の実験 CDF
物質の究極的本質を探る素粒子物理学では、「物質の構成要素である素粒子とそれら に及ぶ相互作用を理解する」ことが中心問題である。素粒子構造は微細なので、実験 研究にとって高エネルギー反応を生じる高エネルギー加速器は大変有利である。米国 シカゴ郊外にある国立フェルミ研究所のテバトロン加速器は世界最大のエネルギー 1.8 兆電子ボルト(1.8 TeV)で陽子と反陽子を正面衝突させる。素粒子実験グループ は、テバトロンでの国際共同実験 CDF の設計当初から主導的に実験に参加している。

素粒子の標準模型では、図1に示すように、物質を構成するフェルミ粒子として各々 6種類のクォークとレプトンが存在し、力を媒介するボゾンとして、強い相互作用 のグルオン、電磁相互作用の光子、弱い相互作用のW、Zボゾンが存在し、更に質量 の起源であるヒッグス粒子が存在すると考えられている。この中でトップ・クォーク とヒッグス粒子が未確認であったが、CDFグループは1994年に初めてトップ・クォー クの信号を捕えた。当初の予想をはるかに超え、トップ・クォークの質量は176 GeV/c2と、金の原子と同程度であることが分かった。なぜ、素粒子であるトップ・クォークがそんなに重いのか、新たな疑問が生じる。

CDF 検出器は衝突点をほぼ全角度 取り囲み、飛跡検出器、 エネルギー測定器(カロリーメータ)、ミュー粒子検出器などからなる汎用型検出装置 であり、高度なエレクトロニクスやコンピュータを駆使している。事象は3.5μ秒 毎に発生するが、この間に事象が興味あるものか判断して、約15万チャンネルからな る検出器の情報を取り込む。

テバトロンの陽子・反陽子衝突でトップ・クォークは、反トップ・クォークと対に なって生成される。各々はt→b+W のようにボトム・クォークとWに崩壊する。 Wボゾンは軽いクォーク対やレプトン+ニュートリノのモードで崩壊する。ここで 崩壊により生成されたクォークは、多くのハドロン粒子が一定の方向に発生する ジェットとして観測される。これよりトップ・クォークの生成を観測するために、 最終状態に高いエネルギーを持ったレプトン(電子またはミュー粒子)が2個もし くは1個あることを要求した。特にレプトンが1個の場合はさらにジェットの1つ はボトム・クォークの特徴を備えていることを要請し、バックグラウンドの混入す る割合を低減した。図2は終状態に陽電子とミュー粒子を含む例である。この様に 検出器の情報を詳細に解析して、また、バックグラウンドとなる事象などをモンテ カルロ法を用いたシミュレーションで検討することで結論が導かれる。候補事象の トップ・クォーク質量の分布が図3に示されるように求められ、これより176± 13 GeV/c2という結果が得られる。

今後、トップ・クォーク質量の精密測定、崩壊過程の測定が重要な課題となる。 これらの測定は標準模型の中で今だ検証されていないヒッグス機構 (本来、質量の 無い素粒子に質量を持たせる機構) に対しての知見を与える。CDF は、さらにエ ネルギー最前線の実験として、超対称性(SUSY)粒子、軽いヒッグス粒子、標準理論 の拡張で想定される重い中間ボゾン W'、Z' 粒子など 新粒子の探索を継続している。

CDF - Experiment at the Energy Frontier

The High Energy Physics Group has worked actively in the CDF proton-antiproton collider experiment since the CDF group started detector design. At the world's highest energy of 1.8 TeV center of mass, we found evidence for top quark production in 1994, and confirmed it in 1995. We have a plan to measure the top quark mass more accurately, to study the top quark decay, to search for new particles, and to study many other interesting physics.

2)検出器の開発
素粒子実験グループは、これら多くの物理解析に加え、検出器の開発製作にも積極 的に関与している。実際、物理結果を導くためには優れた検出器が不可欠でもある。 稼働中のCDF 検出器では、1.4テスラ の超伝導ソレノイド磁石、電磁カロリーメー タ、衝突点再構成用タイムプロジェクション検出器、ミュー粒子検出器などの建設を 担当してきた。 現在は、テバトロン加速器の性能増強に合わせて、端冠部カロリーメータを応答速度 の速いシンチレータを用いたタイル/ファイバー型カロリーメータに置き換える計画 が進行中で、電磁部の製作を担当している。  

タイル/ファイバー型カロリーメータでは 鉛や鉄の吸収体とシンチレータ板(タイル)を積層する。荷電粒子がタイル を通過するときに発生する光はファイバー内で一度吸収され波長変換されて等方的に 放出される。その光は光学ファイバーと同様、前方に発せられた場合のみファイバー 内に取り込まれ、読み出し用の光電子増倍管まで導かれる。タイル/ファイバー型カ ロリーメータの長所として、シンチレータを用いた高速応答性とともに、直径〜1mm の細いファイバーを用いるために、信号伝達部で必要なカロリーメータの不感領域 を小さくできることがあげられる。素粒子実験グループではそのようなタイルを扇型 に20枚まとめ、波長変換ファイバーを組み込んだユニットを設計製作し性能評価を行った。これらはフェルミ研究所で鉛の構造体に挿入され、カロリメータの形に組み上げられ、最終調整が行われている。

また、中央部飛跡検出器の一部をシリコン半導体を用いた検出器に置き換えるための開発研究も行っている。両面読みだしのシリコンマイクロストリップセンサーを用いることで、位置精度の良い飛跡を再構成できる。

Development of Particle Detectors

The High Energy Physics Group has been working on research and development of particle detectors for the CDF. We have constructed the 1.4 Tesla solenoidal magnet, electromagnetic calorimeters, vertex time projection chambers, and muon chambers so far. As Tevatron accelerator is being upgraded to produce a higher luminosity, we need to improve the CDF detector to cope with it. We are working on plug calorimeter upgrade using tile/fiber units, and research and development of silicon microstrop tracker.

3)研究環境と研究方法
素粒子実験グループでは、博士・修士コース合わせて30名を超える大学院生がいく つかのグループに分かれて共同研究している。グループにはCDF の米国側などの共同 実験者が加わっている場合が多い。共同研究を通じて、高度なエレクトロニクスやコ ンピュータを含めた知識を習得し、さらに、自分のアイデアが採用され、検出器や物 理の結果として結実する。

大学院の前期は特に検出器の開発を担当する学生が多い。この間に先端の技術に接 するとともに物理の解析に必要な検出器の理解を深めることができる。希望によって は最初から物理解析を担当する場合もある。2年次になると解析の準備を開始し、3 -4年次ではフェルミ研究所に滞在する。この2年間に CDF 検出器の運転、データ収 集法を習得するとともに、現地での解析のミーティング等を通じて、解析方針を決定 していく。5年次で結果をまとめ博士論文に仕上げる。

素粒子実験グループには、 VMS システムのワークステーション群とUNIX システム のワークステーション群とがあり、物理解析や検出器の開発に用いられている。これ らのコンピュータはフェルミ研究所と専用回線でつながれ、電子メールやテレビ会議 システムを用いて絶えず情報交換を行い、物理解析や検出器開発の経過や結果報告及 び議論のために不可欠なものとなっている。

Research Style in the High Energy Group

The High Energy Physics Group consists of about 30 graduate students and about 10 faculty members who collaborate with foreign CDF members from the US, Italy, Canada, Taiwan, Germany and Switzerland on development and construction of detectors and on physics analysis. Communication through E-mail and TV conference on workstation clusters are essential for these activities.




図1. 素粒子 ― 物質をつくるクォークとレプトン、力を運ぶボゾン、質量の起源 であるヒッグス粒子

Elementary particles - quarks and leptons which compose matter, bosons which mediate forces and the Higgs particle which originates masses of bosons and fermions.





図2. 終状態に陽電子、ミュー粒子を含むトップ・クォーク生成と考えられる事 象例(上)。カロリーメータでは2つのジェットとともに陽電子の信号が見え る(中)。飛跡検出器の情報で、ミュー粒子の信号と陽電子の飛跡が再構成され た(下)。

A candidate event for a top and anti-top pair decaying into a positron and a muon (see top). Calorimeter information showing signals of the positron and two jet activities (middle). Tracker information showing the muon and electron tracks (bottom).





図3. 再構成されたトップ・クォーク質量分布(青)。モンテカルロによるM=175 GeV/c2の場合(緑)、バックグラウンドのみの場合(赤)の予想分布と比較して いる。

Reconstructed mass distribution for the candidate top quark events (blue). Compared are Monte Carlo expectation (green) for M=175 GeV/c2, and for backgrounds events (red).





図4. タイル/ファイバーユニットの宇宙線テスト。後方のシステムでは15枚のユ ニットの性能が評価できる。

Cosmic ray test of tile/fiber units. The system behind two persons can measure 15 such units at once.





図5. テレビ会議システムを用いて、フェルミ研究所側と検出器開発のミーティング を行っている。

A meeting on detector development is on going with Fermilab through a TV conference system.


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last-update: June 10,1997
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