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: 物質の磁化 : 磁性 : 磁性   目次

はじめに

「磁石が鉄を引きつけるのはなぜだろうか?なぜ銅を引きつけないのだろうか?」おそらく誰もが一度は抱いた疑問であろう.磁石と人間のかかわりは有史以前からはじまっており,現在では家庭電器から交通機関,そしてカード,テープの類に至るまで磁性物質が利用されている.

図 6.1: 古典的磁石と電子スピン磁石
r0.3
\includegraphics[width=0.29\textwidth, clip]{figure1.eps}
ファラデー,マクスウェルの電磁気学理論によれば,磁石のまわりには磁場ができており,そこにおかれた鉄は,図6.1のように,磁石のN(S)極に近い鉄片の部分に,反対のS(N)極ができるように分極する [ref4].これを磁化という.こうして磁石と鉄片の間のクーロン相互作用により,磁石と鉄は引き合う.これは,専門用語を除けば既に小学校の理科で学んだ.

「なぜ鉄は強く磁化され銅は磁化されないか?」という根本的問題は,電磁気学の範囲ではなく固体物理学の範囲に入る.物質の磁気的性質は古くから人の関心をそそったが,その研究が本格的になりはじめたのは19世紀の後半からであり,その本質を解明するためには,ハイゼンベルグとシュレーディンガーによる量子力学の誕生を待たなければならなかった.物質の磁性の起因は,ディラックの相対性量子力学によって裏付けられた電子スピンの存在に由来する奥深い物理学の基盤の上に立っている.

電子1個がもつスピン磁気モーメントは,

$\displaystyle \mu_{\rm B}
=
{e \hbar \over{2mc}}
=
0.927 \times 10^{-20} \ \ {\rm [erg\ G^{-1}]},$     (6.1.1)

で定義され,これをボーア磁子と呼ぶ.ここで,$e$$m$$c$はそれぞれ素電荷,電子質量,光速度である.スピン角運動量$\hbar$$s$の磁気モーメントは,
$\displaystyle \mbox{\boldmath$\mu$}_{s}
=
- g \mu_{\rm B} \mbox{\boldmath$s$},$     (6.1.2)

と書ける.ここで$g$$g$因子と呼ばれ$g$ $\simeq$ 2である.外部磁場$H$におかれた電子のエネルギーのスピン部分は,
$\displaystyle - \mbox{\boldmath$\mu$}_{s} \cdot \mbox{\boldmath$H$}
=
g \mu_{\rm B} \mbox{\boldmath$s$} \cdot \mbox{\boldmath$H$},$     (6.1.3)

で与えられる.$\mu$$_{s}$$s$が反平行であるために,(6.1.3)式のエネルギーが極小の場合,すなわち,図6.1のように$\mu$$_{s}$$H$が平行な場合には,$s$は磁場と反対に向いている.

その後の量子力学を駆使した物性物理学の発展により,固体内の電子状態が明らかにされるとともに,物質の示す多岐・多様な磁気的性質が次々に解明されている.磁性物理学は,今や物性物理学の一分野に留まらず,素粒子論や宇宙進化論の基礎分野から,地球科学そして生物学・医学の分野にも浸透し,日ごとに進歩を続けている.これら諸分野の研究の発展や応用の開発にあたっては,複雑多岐な性質を内蔵する化合物磁性の解明にかかっていると言っても過言ではない.


Masashige Onoda 平成18年4月7日