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: 鳩の磁気コンパス : 生物体と磁性 : 生物体と磁性   目次

走磁性細菌

1975年,当時大学院生として土壌細菌を研究していたブラックモアは,顕微鏡下で細菌を観察中に興味深い事実に気がついた.それは,ある種の細菌は顕微鏡の視野の渦水の中で一方に向って泳ぎ,水滴の一端に集まってしまうことである.驚くべきことに,この細菌の動きは北を指すものであった.地球磁場を感じて行動している可能性に気づいた彼が磁石を近づけたところ,細菌は棒磁石の一端には引き寄せられるが他端には反発することがわかった.彼が最初にアメリカのマサチューセッツ州の沼地で発見した走磁性細菌は北指向性であったが,後に南半球のニュージーランド,オーストラリアで走磁性細菌を探して南指向性のものを見いだした.現在,走磁性細菌は北極を含め地球上至るところの淡水および海水の泥の中に分布しているが,例外なく北半球では北指向性で,南半球では南指向性である.また細菌の運動は種類により異なるが,その後の観察により50〜150 [$\mu$ m s$^{-1}$]の速さでべん毛を動かして水中を遊泳することができることがわかった.その種類はらせん菌,桿状菌で形は様々であるが,大きさは数ミクロン程度である.ではなぜ地球磁場を感じて運動するのであろうか?この疑問は細菌が生息する環境を考えると説明がつきそうである.走磁性細菌は湖沼や海の有機栄養源となる堆積渦の表面近くに生活している.この泥は表面では褐色の酸化層ができて,その下には黒色の還元層をつくるが走磁性細菌はごく微量の酸素が存在する中を好む微好気性細菌であることがわかる.ではなぜ走磁性細菌は北半球と南半球で異なる指向性をもつのだろうか?地球磁場の磁力線は,北半球では緯度が高くなると垂直成分をもち斜め下を向くが,南半球では斜め上を向く.
図: 北半球と南半球における地球磁場の方向 $\mbox{\bfseries\itshape{H}}$とそこでの走磁性細菌の運動 $\mbox{\bfseries\itshape{v}}$
\includegraphics[height=120mm,bb=130 25 470 820,angle=90]{f2-18.eps}
したがって,細菌は北半球で磁力線に沿って北へ泳ぎ,南半球では南に向かって泳ぐことが水底に向かうことになる.図4.4にこの様子を示した.結局,細菌は北半球でもまた南半球でも水面から離れて,細菌の好む酸素が少ない還元層がある水底へと移動することがわかる.

最近,細菌中の磁気感応物質が何であるかを電子顕微鏡,電子線回折,電子線マイクロプローブ分析を用いてしらべられている.それによるとその物質は一辺40〜500 [Å]のFe$_{3}$O$_{4}$の六面体もしくは八面体であるといわれている.このマグネタイト(Fe$_{3}$O$_{4}$)は地球上では最もポピュラーなフェリ磁性体である.


Masashige Onoda 平成18年4月11日