筑波大学大学院博士課程
物理学研究科

5、 物性理論
物性物理学は、マクロな物質(固体、液体など)のあらゆる性質を研究対象とし
た、現代物理学の中でも最も多彩で広範囲にわたる分野である。そこでは次々と
新しい概念が導入され、物理学全体を豊かにしているといえる。最近の技術進歩
によって、高温超伝導体のような新しい物質や量子ホ−ル効果(強磁場中の電子
状態)などの新しい現象が次々と発見されており、またメゾスコピック系(量子
細線、巨視的量子トンネル現象など)や複雑系(スピングラス、生体高分子な
ど)などの新しい領域にもその研究対象を広げている。その研究には、量子力学、
統計力学(非平衡統計力学)、熱力学、電磁気学、場の理論、コンピュ−タ・シ
ミュレ−ションなど、現代物理学のすべての手法が用いられる。
Condensed Matter Physics, Theory
The issues of the group are electronic behavior in solids and non-
equilibrium quantum phenomena. The former is mainly concerned with
electronic properties in metal and semi-conductor by means of first
principle calculation, magnetic properties of solid, and various
characteristics
in superconductor and superfluid material. The latter includes transient
non-linear optics, macroscopic quantum tunneling and dissipative chaos
besides a formulation of fundamental framework in non-equilibrium open
systems.
1)固体の電子論
Electron Theory of Solids
物質は多数の原子核と電子から構成されているが、その性質は主に電子の
状態によって決まっている。固体中の電子集団の性質を理論的に研究する
のが固体の電子論である。クーロン相互作用している電子の問題を、解析
的に正確に解く事は困難である。そこで様々な手法を用いて研究が行われ
る。
[1] 第一原理計算
First Principle Culculation
相互作用の効果が比較的弱い場合には、その効果を平均的にとりこんだ密
度汎関数法が大変有効である。この方法を用いて多くの結晶物質の基底状
態の構造的、電子的状態が計算され、実験事実を見事に説明できることが
知られている。また固体表面の吸着の問題、触媒作用の研究にも有効であ
る。原子核と電子の数だけを与えて、物質構造や電子状態が求められる事
から第一原理計算と呼ばれている。実際にはスーパーコンピュータなどを
用いた大規模な数値計算が必要である。この方法を用いれば、思いのまま
の新物質を計算機の中で作りだす(物質設計)ことも可能になると期待さ
れている。今後は理論を発展させ、平衡状態から離れた動的現象を扱うこ
とも重要な課題となるだろう。
[2] 強相関電子系
相互作用が強く働いている系(強相関系)では、違ったアプローチが必要
になる。この様な系では高温超伝導をはじめとして、様々な磁気相転移、
重い電子など特異な現象が起こる。強相関系を研究するための確立したア
プローチはまだない。通常は問題の本質を含む簡単化された模型を構築し、
その性質を様々な近似理論や、コンピュータ・シミュレーションなどを用
いて計算し、実際の性質を再現するかどうかを調べる。高温超伝導体や量
子ホ0ル効果、量子細線など低次元性が重要な要素となる場合もある。
遷移金属化合物などの絶縁体では電子はイオンに局在しているが、そのス
ピン自由度の間に相互作用が働き、低温で様々な磁気秩序(強磁性、反強
磁性、スピングラスなど)を引き起こす。この様な場合はスピンの自由度
だけを研究の対象として、様々な相転移を議論することができる。特に最
近は低次元性や量子性が重要な役割を演じる物質が実験的にも多く作り出
され、実験とも密接に関連しつつ研究が進められている。
Strongly Correlated Electron Systems
Properties of condensed matter are mostly determined by electrons. The
main issue of the theory of condensed matter is to study how electrons
behave interacting with nuclei, external electromagnetic fields and also
with each other. We study various systems such as strongly correlated
electron systems and spin systems, and investigate their magnetic and
transport properties and so on by employing various techniques
including first principle calculations, field theoretical approach,
numerical simulations and rigorous approach.
2)超伝導・超流動
超伝導・超流動現象は、量子効果が巨視的なスケールで我々の前に姿をあ
らわすきわめて興味深い現象である。その研究は、超伝導磁石やジョセフ
ソン素子の研究開発など科学技術上も重要であるばかりでなく、物理学の
基本的概念にかかわる基礎的研究としても重要な位置をしめている。
液体4Heを常圧下で冷やすと約2Kで突如粘性の全くない超流動相に相転移す
る.液体4Heの超流動現象はボース統計と深くかかわっており、巨視的な数
の4He原子が最低エネルギー状態を占有するボース凝縮によってひきおこさ
れている.
一方、多くの金属を冷やしていくと、(通常)1Kから20K程度の温度で、突
然電気抵抗が消失して超伝導状態に転移する.これに対して、近年発見さ
れた酸化物高温超伝導体は30Kから140K程度と飛び抜けて高い転移温度をも
っている。金属の伝導電子はフェルミ粒子であるからこのままではボース
凝縮できない.実際には、2つの電子が対(つい)を成し(クーパー対)、
ボース粒子として振る舞い、ボース凝縮することによって超伝導状態が実
現している(BCS理論)。
我々のグループでは、主として酸化物高温超伝導体など最近発見された新
しいタイプの超伝導体について、超伝導をひきおこすメカニズムの解明な
どを目指して研究している。
Theory of Superconductivity and Superfluidity
Superconductivity and superfluidity are outstanding phenomena where
we can observe macroscopic quantum effects. We mainly study newly
discovered superconductors such as the high-temperature and the
heavy-electron superconductors. One of the most important goals of our
research is to understand the mechanism of the superconductivity in
these materials.
3)非平衡系の統計物理
「量子性と散逸」のかかわる問題は、レーザー理論や量子光学理論の発展
とともにその重要性が認識された。現在では技術の発展により、メゾスコ
ピックやナノ・スケールの物理現象が注目を集めており、その多くの現象
が「非平衡状態の量子性と散逸」にかかわる問題である。
我々のグループで開発されたNon-Equilibrium Thermo Field Dynamics
(NETFD)は、非平衡開放系を扱う正準演算子形式の場の量子論である。
「量子揺らぎ」に加えて「熱揺らぎ」を場の量子論的に扱うもので、この
体系により散逸過程を含む非平衡系の問題も、「演算子代数とその表現空
間の設定」という場の量子論における基本的立場によって扱えるようにな
った。例えば、動的な散逸過程が真空の属性の時間的変化として捕らえら
れ、系の熱平衡状態への時間発展も、ある種の粒子対の真空への凝縮とし
て表現できるのである。
我々は、非平衡熱力学の概念をNETFDに取り込む試みや、NETFDによる
量子系の確率微分方程式の一貫した体系の建設など、新しい概念の導入や
新しい視点の提示を行っている。さらに、このような散逸の本質を解明す
る原理的な問題の他に、その応用として、過渡的量子光学の問題(共鳴散
乱、量子ジャンプ、など)、巨視的量子現象(巨視的トンネル効果、な
ど)、化学物理での非線形緩和現象(高速緩和、など)、その他複雑系の
物理現象を研究している。
Non-Equilibrium Statistical Physics
We constructed a canonical formalism of quantum systems in far-from-
equilibrium state, named Non-Equilibrium Thermo Field Dynamics
(NETFD). This new framework provides us with a unified viewpoint
covering whole the aspects in non-equilibrium statistical mechanics, i.e.
the Boltzmann, the Fokker-Planck, the Langevin and the stochastic
Liouville equations. Based on NETFD, we are investigating the
problems in transient quantum optics, in macroscopic quantum systems,
in chemical physics and so on besides the fundamental problems of non-
equilibrium open systems.
4)散逸系のカオス
カオスの発見は物理学全体に大きなインパクトを与えた。そこで新たに認
識されたことは、「時間発展がたとえ決定論的であっても、非線形な系に
は予測不可能性が潜んでいる」という事実である。
微分方程式で記述される力学系がカオス的挙動を示すとき、位相空間の流
れ場は、流れがその法線方向に引き伸ばされ折り畳まれるような構造をも
つ。この「引き伸ばし」と「折り畳み」がカオスの本質である。「引き伸
ばし」はカオス軌道のもつ不安定性のあらわれであり、「折り畳み」はそ
の安定性のあらわれである。この不安定性と安定性の微妙なバランスによ
って形成される、無数の不安定周期軌道の織り成す複雑な構造が、カオス
軌道の示す特異な軌跡(ストレンジ・アトラクター、図1参照)を演出し
ているのである。
そこで我々は、ストレンジ・アトラクターを構成している不安定周期軌道
の「シリーズ」を特定することにより、カオス軌道の特徴づけを進めてい
る。それは、「テンプレート」を特定することにより可能となる。テンプ
レートとは、ストレンジ・アトラクターを構成しているあらゆる不安定周
期軌道やそれらの間のトポロジカルな性質(ひねり具合や絡み方など)を
表現するものである。最近、『周期倍分岐の集積点の先にあらわれるカオ
ス領域のトポロジカルな構造が、周期倍分岐軌道やそれらの間のトポロジ
カルな性質で既に決定されている』という興味深い発見をした。
Chaos in Dissipative Systems
The dissipative chaotic systems are investigated from the topological
point of view such as the knot of and the link among periodic and/or
unstable periodic orbits. It is shown that these topological
quantities can
be easily extracted by inspecting the power spectrum of the periodic
orbits.
It has been also shown that a chaotic orbit can be represented in terms
of unstable periodic orbits which consist of related strange attractor. In
the analysis, the concept of a template and/or of a template matrix is
consulted with the method of symbolic dynamics.
図1 ストレンジ・アトラクター
Strange Attractor


last-update: June 10,1997
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