さらに、連携大学院方式で物理学研究科に参加しているNEC筑波研究所の半導体・ 量子エレクトロニクス研究グループでは、化合物半導体中の深い準位の研究、半導体 微細加工技術の研究および半導体レーザーにおける基礎研究を行っている。
1)遷移金属酸化物系の相転移・伝導機構
遷移金属酸化物系は、絶縁体、半導体、金属、超伝導体のすべてを含み、かつ内的
、外的な条件に応じて変化に富んだ性質を示すことが多い。金属−絶縁体転移、高温
超伝導転移、常磁性−非磁性転移などの相転移が代表的現象である。
遷移金属酸化物系の結晶構造は、中心に遷移金属原子が位置する酸素八面体、ある いは四面体をユニットとした連結によって表され、それには単純なものから長周期構 造を導く複雑なものまで数多くのパターンが存在する。
酸素多面体連結構造において遷移金属原子の占める位置に着目すると、それが1次 元的あるいは2次元的に連結している場合がある。ある1次元的物質の磁化は、図1 に示すように、 相転移温度Tcの近傍で緩やかな極大値を伴う常磁性−非磁性転移を示す。
図2は遷移金属原子が2次元的に三角格子を形成した物質の磁化の温度依存性であ る。Tcを境にして磁化が大きく変化する。これらの原因は一体何だろうか? 実はTc 上下で図に示すように遷移金属原子が変位し、1次元格子では原子が2量体を、三角 格子では3量体を形成する。このためにTc以下で、いわゆるX線散漫散乱が生じる。
遷移金属酸化物系の多種多様な性質は結晶構造に起因し、それに応じて電子の性格 が変わる。すなわち、物質の性質を特徴づける3つの要素、「電子遍歴性」、「電子 −格子相互作用」、「電子相関」の大小が変化する。前に見た常磁性−非磁性転移と 構造相転移の発現機構では、特に電子−格子相互作用が重要である。
遷移金属酸化物系の研究は実に多彩で、新しい興味深い現象が 次々に生まれている。1986年以前に、100Kを越える臨界温度を持つ 超伝導物質の存在を、どれだけの人が 予想していたであろうか? 一方では、既に解決したかに思われた現象が、現在新し い視点から再検討されつつある。遷移金属酸化物系における種々の相転移・伝導現象 の機構を理解し、新しい基本理論を築くことを目的として、(1)物質開発、(2) 粉末X線回折、輸送現象、磁気測定による物質評価、(3)核磁気共鳴、電子スピン 共鳴による微視的磁性の解析、(4)X線四軸回折、散乱及び構造解析による結晶構 造の精密決定、を通した多角的かつ詳細な研究が行われている。
Mechanisms of Phase Transitions and Electronic Transports in Transition
Metal Oxide Systems
Transition metal oxide systems have various properties, such as
metal-insulator transition, high transition temperature superconductivity,
or magnetic-nonmagnetic transition. These originate from the crystal
structures. The mechanisms of phase transitions and electronic transports
in the systems have been studied from the structural and electronic
viewpoints by using x-ray four-circle diffraction, magnetic resonance and
so on.
2)半導体量子構造(量子井戸、量子点)の光物性
現代の最先端のレーザー技術では、フェムト秒(1fs = 10-15s)程度の
極めて時間幅の短い光パルスや、極限的に単色性に優れた光を生成することが可能と
なっている。半導体の光物性研究グループでは、この様に高度に洗練されたレーザー
光を利用することにより、物質、特に半導体量子構造における新しい現象の発見や解
明を行っている。
電子のドブローイ波長以下の数ナノメートル(1nm = 10-9m)程度の固 体では電子の波としての性質や粒子としての性質、すなわち量子性があらわになり、 固体の電子物性はマクロなサイズの場合の電子物性とは大きく異なってくる。このよ うに、電子の量子性がきいてくる数ナノメートル程度の半導体(半導体量子構造)で は、今までになかった新しい現象や性質が期待される。このような半導体量子構造で 起こる新しい現象や性質を見出すには、光による応答を調べるのが最も有効な手法で ある。線幅の狭いレーザー光により電子系のエネルギー状態を高い精度で調べたり、 あるいはフェムト秒のレーザーを用いて電子の量子過程を非常に速い時間分解能で知 ることにより、半導体量子構造で起こる新しい現象や性質を非常に効果的に見出すこ とができる。
研究設備として、高出力フェムト秒レーザー、ピコ秒レーザー、狭い線幅のナノ秒 レーザー、分光器、波長多重分析器、およびストリークカメラなどのレーザー分光機 器がほぼ網羅されており、各種の研究に威力を発揮している。
これまでの研究成果は、(1)半導体における熱い電子系の超高速バンド内緩和、 (2)半導体の励起子エネルギー近傍におけるフェムト秒コヒーレント伝搬効果、 (3)AlGaAs/AlAsタイプII型半導体量子井戸中のスピン緩和と超高速光学スイッチへ の応用、(4)BiI3およびGaAs/AlAs 超格子のコヒーレントフォノン振動の観測、 (5)半導体ナノ構造のラマン散乱、(6)ワイドギャップII-VI族半導体歪超格子の 励起子が関与したレーザー発振機構の研究、(7)CuCl量子点のレーザー発振、励起 子−励起子分子間の分布ダイナミックス、(8)半導体量子点の永続的ホールバーニ ングの発見、(9)Siナノメートル微結晶、 Siクラスターの光物性などが挙げられる。 今後、単一量子点と単光子の相互作用の研究を推進していく。
3)表面物性
固体表面に出現する現象、表面再構成、相転移、原子輸送、化学吸着などに関係する
表面原子構造、表面電子状態の基礎研究を、走査トンネル顕微鏡(STM)、光電子分
光法などにより行って いる。 STMは、垂直方向0.05Å、水平方向2Åの空間分解能
で世界最高水準にある(図5を参照)。これまでの研究成果は、(1)Pd(110)表面
でのPd-Oジグザグ鎖模型の提唱、
(2)Au/Si(111)-6x6再構成表面における反強磁性
的秩序の発見、(3)Pd(110)清浄表面及びCs吸着1x2再構成表
面の原子像、原子輸送の実空間観察、
などが挙げられる。今後は、STMで得られる原子レベルの実空間情報
と、角度分解光電子分光から得られるk−空間情報を総合し、表面現象の微視的機構
の解明を目指す。
4)気体物性
太陽光中の真空紫外光と上層大気との相互作用は非常に大きいので、人間の生活に
様々な形で関わってくる。この相互作用のうち光電離と光解離が大部分を占めていて
、これをシンクロトロン放射を用いて研究している。また、様々な簡単な分子,特に
希ガス分子をつくり、その分子定数を決定することにより、レ−ザ−発振等の応用物
理に基礎的資料を提供しようとしている。方法は主に,飛行時間法を用いた、しきい
光電子測定で1meVの分解能を目指している。光源としてシンクロトロンからのパルス
光を利用し、試料に光照射した後出てくる電子のエネルギ−を飛行時間法で測定する
。この方法はエネルギ−が低いほど分解能が良いので、ゼロエネルギ−近傍の電子の
分解能は驚くほど良い。ゼロエネルギ−の電子のみに注目し、光の波長を掃引するこ
とによってもエネルギ−スペクトルが得られる。Ar2分子について観測した例が下に
見られる。
5)量子液体・固体
3次元バルクの液体4HeはT=2Kでボーズ凝縮して超流動転移する。
これはラムダ転移と呼ばれる典型的な2次相転移であるが、厚さ数10Å以下の
4He薄膜の超流動転移はコスタリッツ−サウレス型と呼ばれる2次
元系特有のもので、転移温度も膜厚に比例して変化する。一方フェルミ粒子系
である液体3Heは、さらに低い3mKで2個の3He原子がク
ーパー対を形成するBCS機構で超流動転移する。これは対の相対軌道角運動量の
量子数が1(p波)の異方的な超流体である。それでは未発見の3He
の2次元超流動はどのようなものであろうか?現在、固体表面に吸着した
3He単原子層についてその探索実験が進行している。
高圧下で存在する固体Heでは、激しい零点振動のために隣接格子点のHe原子が トンネル効果で位置交換する。そのために固体3Heでは核スピン間に 交換相互作用が生じ、1mKで核スピン系が反強磁性秩序状態に相転移する。6原 子までの多体の交換相互作用がこの相転移に重要な役割を果たしていることが明 かになってきた。またグラファイト基盤上に数原子層の固体3He薄膜を作り、核 断熱消磁冷凍機で得られるマイクロケルビンに至る超低温度域(T≦10-4 K)で、その2次元核磁性の研究が行われている。
6)走査型トンネル顕微鏡による超伝導の研究
原子スケールの位置分解能をもつ低温走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、超
伝導体のエネルギーギャップや量子渦糸の内部構造および渦糸格子の研究、低次元物
質の電荷密度波の研究が行われている。さらに、新しい低温実験法として希釈冷凍機
温度(T≦10mK)で作動するSTMの開発研究が行われており、重い電子系を含む転移温
度の低い超伝導物質への応用研究が進んでいる。
図1 擬1次元物質の相転移例。
図2 擬2次元物質の相転移例。
図3 GaAs/AlAs 超格子におけるコヒーレントフォノン信号。
1.6ピコ(1.6x10-12)秒という極めて
短い時間周期の振動は、超格子構造のために音響フォノンモードが
折り返されて生じた振動モードに対応する。
図4 半導体量子点の永続的ホールバーニング現象。狭い線幅のレーザーで掘られた
スペクトルホールは、時間が50分経過しても消えない。
図5 Sn/Ge(111)-(7x7), -(5x5)再構成表面の原子像。
図6 Ar2分子のしきい光電子スペクトル。 この振動スペクトルは世界
で初めて観測された。
図7 3He薄膜の2次元量子物性を研究するための超低温装置
の心臓部。
図8 低温STMで測定したNbSe2のトンネル微分コンダクタンス。ゼロバイア
ス電圧近傍に電荷密度波転移(Tc=33K)によって形成されたエ
ネルギーギャップがみえる。