ファラデー,マクスウェルの電磁気学理論によれば,磁石のまわりには磁場ができており,そこにおかれた鉄は,図2のように,磁石のN(S)極に近い鉄片の部分に,反対のS(N)極ができるように分極する [ref4].これを磁化という.こうして磁石と鉄片の間のクーロン相互作用により,磁石と鉄は引き合う.これは,専門用語を除けば既に小学校の理科で学んだ.
「なぜ鉄は強く磁化され銅は磁化されないか?」という根本的問題は,電磁気学の範囲ではなく固体物理学の範囲に入る.物質の磁気的性質は古くから人の関心をそそったが,その研究が本格的になりはじめたのは19世紀の後半からであり,その本質を解明するためには,ハイゼンベルグとシュレーディンガーによる量子力学の誕生を待たなければならなかった.物質の磁性の起因は,ディラックの相対性量子力学によって裏付けられた電子スピンの存在に由来する奥深い物理学の基盤の上に立っている.
電子1個が持つスピン磁気モーメントは,
その後の量子力学を駆使した物性物理学の発展により,固体内の電子状態が明らかにされるとともに,物質の示す多岐・多様な磁気的性質が次々に解明されている.磁性物理学は,今や物性物理学の一分野に留まらず,素粒子論や宇宙進化論の基礎分野から,地球科学そして生物学・医学の分野にも浸透し,日ごとに進歩を続けている.これら諸分野の研究の発展や応用の開発にあたっては,複雑多岐な性質を内蔵する化合物磁性の解明にかかっていると言っても過言ではない.