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: 自発磁化の温度変化 : 磁性の基本的理論と実験 : 反磁性体への磁場効果   目次

強磁性と電子の軌道

図 2.5: アインシュタインとドハースの実験
図 2.6: 鉄原子の電子軌道
r0.35
\includegraphics[width=0.35\textwidth, clip]{Einstein.eps}
\includegraphics[width=0.35\textwidth, clip]{tetsu.eps}
強磁性の担い手を明らかにする初めての実験は,1916年に,アインシュタイン(Einstein)とドハース(de Haas)によって行われた.

強磁性が電子の軌道磁気モーメントだけに起因すると仮定すれば,強く磁化した鉄片では,これらのモーメントはすべて一方向を向いているであろう.すなわち,各電子の軌道面は互いに平行で,電子はすべて同じ向きに回転しなければならない.すなわち鉄片の中には,多数の小さな車輪があって,これが一定方向に回転していると考えてよい.今,この鉄片の磁化を逆転したとすれば,電子は今までと逆の方向へ回転し始める.これにより,鉄片は,角運動量保存則2.8により磁化逆転以前の電子の回転方向に回り始める.

鉄片の磁化を逆転することは,図2.5のような電流による磁場を用いれば容易にできる.十分強い電流が流れているソレノイド(導線を螺旋状に一様に密に巻いたもの)の中に鉄の円筒を吊るし,磁化する.電流の向きを逆転すれば,鉄の円筒は逆向きに磁化され電子が最初に回転していた方向へ糸をねじる.糸のねじれ角は非常に小さいので,これを観測するには,糸にごく軽い鏡を取り付け,これからの反射光を離れた所で観測する必要がある.

ここまでは,強磁性の担い手が,電子の軌道磁気モーメントであると仮定してきた.強磁性がスピン磁気モーメントだけに関係しているのであれば,磁化した鉄片の中では,電子はすべて自転軸の回りに同一方向に回転しているであろう.磁化を逆転すれば,これらははじめの回転の向きと逆の方向に回転しはじめ,鉄片は電子のはじめの回転方向へ回転する.すなわち,強磁性が軌道磁気モーメントに起因するか,またはスピン磁気モーメントに起因するのか,あるいはその何れにも関係するのか,ということとは無関係に,磁化を逆転すれば,鉄片の向きを変えて,それを吊るしている糸をねじる.

しかし,糸をねじる力の大きさは,強磁性を引き起こしている原因によって異なる.前に記した通り,電子の軌道磁気モーメントはボーア磁子の整数倍であり,電子の軌道角運動量は$\hbar$の整数倍である.一方,スピン磁気モーメントはボーア磁子に等しく,対応する角運動量は $\displaystyle\frac{1}{2}\hbar$である.したがって,軌道磁気モーメントの軌道角運動量に対する比は$\mu_{\rm B}$/$\hbar$,スピン磁気モーメントのスピン角運動量に対する比は2$\mu_{\rm B}$/$\hbar$となる.上記の実験によって,磁化が逆転する際の,力学的角運動量,磁気モーメント,およびその比を測定した結果,強磁性に関与するのは,スピン磁気モーメントのみであることがわかった.

さて強磁性が鉄,コバルトあるいはニッケルに限ってみられるのはなぜだろうか. また,これらの原子はそれぞれが二十数個の電子を持っているが,それらのすべてが強磁性に関係しているのだろうか.

一般の原子では,電子の数が増えるにしたがって,電子は原子核に近い内部から外に向かって,上向きスピンと下向きスピンが対になりながら軌道に入っていく.鉄についていえば,図2.6のように一番外のd軌道と呼ばれる電子軌道(10個の電子が入る)では,そこが満たされないうちに,次の電子はそれより外の4sと呼ばれる軌道に入ってしまう.鉄では,6個の電子が3d軌道を占有するが,その中で4個の電子スピンは対を組む相手がいない.しかもこれらの電子は同じ向きを向いているので,この分だけ磁石としての働きが外に現れることになる.強磁性は,このような原子が結晶状態になっていて,かつある温度以下にある場合に限って出現する.この温度はキュリー(Curie)温度と呼ばれ,鉄では770 [℃]である.スピンを同じ向きに並べる原動力となっている力は非常に大きなもので,古典的物理学では説明できない.


Masashige Onoda 平成18年4月11日