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: 原子の常磁性 : 磁性の基本的理論と実験 : 自発磁化の温度変化   目次

理論の本質

18〜19世紀になると物理学はいろいろな面で発展し電磁気学はマクスウェル(Maxwell)によって完成された.しかし,物質の磁化についての詳しい研究はキュリーやワイスに始まるといってよいだろう.キュリーは常磁性塩のキュリーの法則を1895年に見出し,それは後にランジュバンによって理論的に導かれた.

ランジュバンの仕事は,その後の科学の発展の上で重要な意味を持っていた.彼は原子の存在に基づいて,磁性を説明しようと考えたのである.20世紀にはいるとワイスが数多くの強磁性体について実験的・理論的な研究を行い,有名な分子場,自発磁化の考えを提出した.彼の理論は元々,ランジュバンの考えの上に立っていた.ランジュバンの理論では常磁性を説明できるだけだったが,ワイスはそれに分子場の考えを付け加えて強磁性を説明した.

ワイスの分子場ははなはだ不思議なものであった.観測される強磁性を説明するためには,それはとてつもなく強い磁場である.たとえば,鉄のキュリー点(770 [℃] = 1043 [K])から計算された室温での分子場は$10^{6}$エルステッドにも達する.それまでの物理学によるどのような実験からも,鉄の中にこのように強い磁場が存在するという証拠は見出せなかった.

古典静磁気学的な観点から,結晶内の磁気相互作用として,第一に磁気モーメント間の相互作用を取り上げてみよう.この大きさは,原子間距離を約1Åとすると

$\displaystyle E$ $\textstyle \simeq$ $\displaystyle {\mu_{\rm B}^{2} \over{2\pi\mu_{0}r^{3}}} = {(4\pi \times 10~{-7}...
...s 4\pi \times 10^{-7} \times (10^{-10})^{3}}} = 1.7 \times 10^{-23} \ [{\rm J}]$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 1.3 \ [{\rm K}] = 1.9 \ [{\rm T}],$ (2.6.22)


$\displaystyle \left \{ {\rm CGS\ unit:}\ E \simeq {2\mu_{\rm B}^{2} \over{r^{3}...
...{-16} \ [{\rm erg}] = 1.3 \ [{\rm K}] = 1.9 \times 10^{4} \ [{\rm G}] \right \}$      

となり,とてもこの原因から鉄の強磁性は説明できないことがわかる.

一方,電子間の静電エネルギーは

$\displaystyle E$ $\textstyle =$ $\displaystyle {e^{2} \over{4\pi\epsilon_{0}r}} = {9 \times 10^{9} \times (1.6 \times 10^{-19})^{2} \over{10^{-10}}} = 2.3 \times 10^{-18} \ [{\rm J}]$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 1.7 \times 10^{5} \ [{\rm K}] = 2.5 \times 10^{5} \ [{\rm T}],$ (2.6.23)


$\displaystyle \left \{ {\rm CGS\ unit:}\ E = {e^{2} \over{r}} = {(4.8 \times 10...
...erg}] = 1.7 \times 10^{5} \ [{\rm K}] = 2.5 \times 10^{9} \ [{\rm G}] \right \}$      

となり,このままの値では磁気結合のエネルギーとしては大きすぎる.しかし上に述べた弱い静磁的相互作用のほかに,何らかの形で静電的相互作用が関連していそうである.しかし,この考えでは,どうしても説明できないことがある.静電的エネルギーは電荷には関係するが,磁気モーメントには何の関係もないはずである.ところが,磁気モーメントと磁場の相互作用は磁気モーメントの方向に関係している.本質的には静電的相互作用でありながら,磁気モーメントの方向と関係するようなことがどうして可能なのであろうか.この問題は古典物理学では解き明かすことができない課題であった.

ハイゼンベルグは量子力学の創始者の一人として有名であるが,彼は量子力学の原理を確立した(1926年)ばかりでなく,その後の数年間に数多くの問題を,この新しい物理学の観点から明らかにしようとした.

二個の電子間の距離を $r_{12} = \vert\mbox{\bfseries\itshape {r}}_{1} - \mbox{\bfseries\itshape {r}}_{2}\vert$とすると,その間には$e^{2}/r_{12}$という静電ポテンシャルによって与えられる相互作用が存在する.一方$N$個の電子からなる系のパウリの原理を満たす波動関数は,スレーター行列と呼ばれる式によって与えられる.これは量子力学で現れる素粒子としての電子の特徴であり,この波動関数を用いて$e^{2}$/$r_{12}$の行列要素を計算すると,2電子間の静電クーロン相互作用に加えて,交換相互作用と呼ばれる量子力学に特有な相互作用が生じる.この相互作用はスピン(すなわち電子の持つ磁気モーメント)に依存する.

上記の内容に関して最もわかりやすい例は,水素分子の結合問題であろう.この分子を結合させている力は共有結合において働いている力と同じものと考えられる.水素原子核を空間に二個固定し,電子の波動関数$\psi$をそれぞれの原子核を中心とした原子軌道$\phi$の線形結合にとると,

$\displaystyle \psi_{\rm sym} \propto \phi_{1}(\mbox{\bfseries\itshape {r}}) + \phi_{2}(\mbox{\bfseries\itshape {r}}),$     (2.6.24)


$\displaystyle \psi_{\rm asym} \propto \phi_{1}(\mbox{\bfseries\itshape {r}}) - \phi_{2}(\mbox{\bfseries\itshape {r}}),$     (2.6.25)

の結合が可能である.これらはそれぞれ図2.8(a),(b)の振舞いを持ち,(b)の方が運動エネルギーもクーロンエネルギーも高い.水素分子の軌道に入るべき電子は二個あるので,二個ともエネルギーの低い式 $\psi_{\rm sym}$に入れることにする.そのときの波動関数は,
$\displaystyle \psi(\mbox{\bfseries\itshape {r}}_{1}, \mbox{\bfseries\itshape {r...
...ox{\bfseries\itshape {r}}_{1})\psi_{\rm sym}(\mbox{\bfseries\itshape {r}}_{2}),$     (2.6.26)

とすべきだろう.

図 2.8: (a) 対称な波動関数,(b) 反対称な波動関数
r0.35

\includegraphics[width=0.35\textwidth, clip]{H2.eps}
この波動関数に二個の電子を入れる際に,電子のフェルミ統計性を考慮に入れる必要がある.すなわち,二個の電子の入れ替えに対して波動関数は反対称になる性質を持つ.この条件は,上の波動関数にスピンの波動関数を取り入れることによってカバーされる.このようにエネルギーとスピンが絡み合っていることが,分子や固体の磁性の起源になる.

このようにして,量子力学によって,ワイスの提起した分子場の本質が明らかにされ,強磁性の問題の本質は明らかにされたといえる.しかし個々の強磁性体について,その磁性を明らかにすることは,なお多くの理論や実験を待たねばならない.

最後に磁性研究の歴史的な流れを表2.1にまとめておこう.


表 2.1: 磁性研究の歴史的な流れ(--現在)
年代 代表的研究者 研究テーマ 参考となる授業
紀元前 中国 天然磁石の発見 総合科目
1600 Gilbert 天然磁石研究の開祖 総合科目
1785 Coulomb 磁極間クーロン相互作用 物理学BI
1820 Oersted 電流のつくる磁場 物理学BI
1823 Amp$\grave{\rm e}$re 円形電流と磁気双極子の等価性
1845 Faraday 物質の磁性,常磁性・反磁性・強磁性の分類 総合科目,物理学実験III
1854 Weber 分子磁石間相互作用
1873 Maxwell 電磁方程式,ヒステリシス現象 物理学BI,物理学実験III
1891 Ewing 磁化曲線,内部磁場の導入 総合科目,物理学実験III
1895 Curie キュリーの法則 物理学実験III,物性物理学II
1905 Langevin 常磁性帯磁率,反磁性帯磁率 物理学実験III,物性物理学II
1907 Weiss 強磁性論 物理学実験III,物性物理学II
1913 Bohr ボーア磁子 物理学実験III
1924 Fe,Co,Ni単結晶の磁化 物理学実験III
1925 Uhlembeck-Goudsmit 電子スピンの発見 総合科目
1925 Hund フントの法則 物理学実験III,物性物理学II
1927 Pauli パウリ常磁性 物性物理学II
1928 Heisenberg 強磁性理論 物理学実験III
1930 Bloch エネルギーバンド理論,スピン波理論 一部,物性物理学I
1930 Landau ランダウ反磁性 物性物理学II
1931 Bitter 磁区の観察 総合科目
1931 Van Vleck 成書「誘電率,磁化率」 一部,物性物理学II
1932 Néel 反強磁性理論
1932 Bloch 磁壁理論
1935 Landau-Lifschitz 磁区理論
1935 Mott Ni強磁性のバンド理論 現象のみ,物理学実験III
1936 Slater Ni強磁性理論
1938 Stoner 集団電子強磁性論
1941 Van Vleck 反強磁性理論
1944 Onsager イジング2次元格子の厳密解
1946 Bloemberger 核磁気共鳴 常磁性共鳴,物理学実験III
1948 Néel フェリ磁性理論 現象のみ,物理学実験III
1950 Anderson 超交換相互作用
1951 永宮,Kittel 反強磁性共鳴理論
1957 糟谷,芳田 s-d(f)相互作用
1957 久保 線形応答理論 磁気共鳴理論,物理学実験III
1957 Dzialoshinskii 弱強磁性理論
1957 Bardeenら 超伝導理論 できれば,物性物理学II
1958 Mössbauer メスバウワー効果
1958 吉森 らせん磁性理論
1960 守谷 弱強磁性理論
1964 近藤 近藤効果
1973 守谷 SCR理論
1986 Bednortz, Müller 高温超伝導 総合科目,専門語学
現在 -- 低次元量子スピン系
-- 電子相関(金属-絶縁体転移,超伝導,
スピンギャップ,電荷・軌道秩序?,等)




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Masashige Onoda 平成18年4月11日