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: フラストレーション系超伝導と新物質探索 : 高温超伝導体:合成から解析まで : 電気抵抗測定

物性評価

本節では,焼結法で作成した試料の評価について簡潔に述べる.試料作成法には,大きく分けて,原料酸化物の混合粉末を加熱して固相反応させる乾式法と,クエン酸塩などを使って水溶液中で共沈させる湿式法とがある.ここでは,均一な良質試料が作れる簡便な方法として焼結法を紹介する.

YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7}$を作るには,原料であるY$_{2}$O$_{3}$,BaCO$_{3}$とCuOを組成にしたがって適量混合し,1000 [℃]前後で焼結すればよい.こう書けばいかにも簡単そうであるが,高品質の焼結試料を得ることは,それほど容易でないこともある.以下の方法は,「示差熱分析」や「熱天秤法」で反応(酸素の出入り)の起こる温度を調べたり,電気抵抗,帯磁率や比熱などの基本物性の測定結果と比較検討するなど,多大の努力が払われ確立された方法である:

  1. 高純度で,かつ粒径の小さい粉末原料を選び,均一になるまで充分に混合する(原料の酸化物は前もって仮焼きなどをして乾燥させたものを使用するほうがよい).
  2. 混合粉末をプレス整形し,空気中で900 [℃]位で一晩仮焼きをする.
  3. 細かい粒径になるまで,再び粉砕・混合し,1〜2 [mm]の厚さにプレス整形して900〜930 [℃]で焼結し,その後空気中で徐冷するか,400〜500 [℃]で酸素素雰囲気中で焼き直す.
  4. 上記過程において,少なくとも粉末X線回折法で検出できなくなるまで,不純物相をなくす.
  5. 不純物相の除去に成功すれば,電気抵抗率などを測って試料の質のチェックをする.室温で抵抗率が1 [m$\Omega$ cm]以下のものが得られれば,良質の多結晶試料と考えてよい.

図 17: YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7}$直方晶の粉末X線回折パターン:(上) 実験結果;(下) シミュレーション
\includegraphics[height=55mm, clip]{x-ybco7.eps}
図 18: YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{6}$正方晶の粉末X線回折パターン:(上) 実験結果;(下) シミュレーション
\includegraphics[height=55mm, clip]{x-ybco6.eps}
 
このようにして得られた多結晶試料の粉末X線回折パターンとシミュレーション結果を図1718に示す.回折パターンについては,ピークの分裂の仕方や弱い強度のピークの存在などが,試料の質の判定基準として役立つ.

以上は,組成が既にわかっている物質の作成法の話であるが,新しい超伝導物質を探索する際,一般には組成を決定する作業から始めなくてはならない.実際,YBaCuO系では発見者にも結晶構造はもちろんのこと組成すら不明であったので,その組成を決定することから始められたのであった.それには,組成が少しずつ異なった試料を作成し,マイスナー効果による反磁性シグナルが大きくなる組成を捜してゆく方法が考えられる.電気抵抗測定によって超伝導転移の温度幅が狭くなる組成を捜してゆく方法もあるが,あまり適当な方法ではないことに注意しよう.それはなぜかというと,たとえば図19のように,常伝導相(N)の結晶粒の粒界に微量の起伝導相(S)が析出しているような試料でも,粒界析出相が超伝導状態になって,電圧端子間で連結してしまえば,電気抵抗はゼロとなり,あたかも試料全体が超伝導になったような結果を与えるからである.しかも,少量の析出相による超伝導転移は,組成のゆらぎが一般に小さいのでシャープに起こることが多いので気をつけなくてはならない.つまり,シャープな抵抗の落ちは,良質の超伝導試料の必要条件であっても十分条件ではないということになる.

図 19: 電気抵抗測定用の多結晶試料.ギザギザの線は粒界上に析出した超伝導不純物相を示す.
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\includegraphics[width=0.4\textwidth, clip]{gizagiza.eps}
電気抵抗の測定について補足しておきたいことは,測定電流値が高すぎないように注意することである.電流値が高すぎると,試料内部での発熱ばかりでなく,測定端子の取付け部分での発熱によって正しい抵抗値が得られないことになる.端子と試料との間の接触抵抗は特に金属試料の場合,試料自体の抵抗より通常大きいので注意しなくてはならない.また,低温で抵抗値が増大するような試料では,温度領域によって電流値を変えなくてはならないこともある.つまり,使用する電圧測定装置の感度を考慮した上で,できるだけ小さい最適な電流値を選ぶ必要がある.
図 20: YBa$_2$Cu$_3$O$_7$を酸素雰囲気中で加熱したときの格子定数の変化
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\includegraphics[width=0.35\textwidth, clip]{cell-para.eps}

90 [K]級の超伝導体であるYBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7}$の結晶構造は,酸素欠損型の直方晶ペロブスカイトである.この相からさらに酸素を扱きとってゆくと少なくとも2つの新しい相が生じる.一つは50〜60 [K]に$T_{\rm c}$をもつ別の直方晶であり,他方は超伝導を示さない正方晶相である(2つの直方晶相を区別するために, $T_{\rm c} \simeq 90$ [K]の直方晶相をオルソ-I,50〜60 [K]のものをオルソ-II相と呼ぶことがある).オルソ-I相の特徴は,$b$軸に平行に並んだCu1$-$O1の鎖状配列の存在である(図10(a)参照).オルソ-II相では,この鎖から酸素が抜けてゆくためCu$-$Oのこの規則的な鎖状配列は崩れてしまう.さらに酸素が抜けてゆくと,Cu1のまわりは等方的になり正方晶に変わってしまう.

20は,酸素雰囲気中で加熱したときの格子定数の変化を示したもので,約700 [℃]で直方晶から正方晶へと転移していることがわかる.そして,格子定数$b$が急激に減少し始める温度(約600 [℃])で,$b$軸上からO1が抜け始め,オルソ-I $\longrightarrow$オルソ-IIの転移が起こると考えられる.空気中で加熱する場合は,酸素分圧が低いため酸素が抜けやすくなるので,これらの転移温度は多少低目に観測されるはずである.こうして,YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7}$と書いたときの酸素欠損量$\delta$は,熱処理の温度や雰囲気を変えることによって連続的に変えることができ,YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7-\delta }$系での斜方品-正方晶転移は,Cu1のまわりの酸素の出入りで説明がつく.これに伴って非常に大きな物理的性質の変化が起こる.YBCO系では,酸素欠陥による乱れが少ないところ,すなわちオルソ-I相で最高の$T_{\rm c}$が観測される.

図 21: テトラ相の抵抗率の温度依存性
\includegraphics[height=45mm, clip]{res-ybco6.eps}
図 22: YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7-\delta }$系の電気抵抗率の温度依存性:直方晶相I( $\delta \simeq 0$),II( $\delta \simeq 0.5$


\includegraphics[height=45mm, clip]{res-ortho1ortho2.eps}
 
このような酸素欠陥による乱れの影響は,電気抵抗の温度変化に顕著に現れる.図21は,テトラ相の抵抗率で“半導体的な”温度依存性を示している.この温度変化をもう少し詳しく解析してみると,エネルギー・ギャップをもったふつうの半導体のそれではなく,ランダムに分布した酸素欠陥による乱れの影響を強く受けていることがわかる(実は,図21中の点線から求まる$T^{-1/3}$という温度依存性が,この乱れの効果によるものである).同じようなことは,オルソ-IIの温度変化(図22)についてもいえるが,この相ではそのような乱れに打ち勝って超伝導が出現する.乱れのさらに少ないオルソ-I相の抵抗は,90 [K]の$T_{\rm c}$から室温まで,ほぼ温度に比例して増加する金属的伝導を示している.高温までこのような抵抗を示す物質は他にあまり例がないとされている.

オルソI-相の電気抵抗に関して,実用的なコメントを付け加えておこう.それは,$T_{\rm c}$直上での抵抗値が試料の質の良し悪しを判定する目安として役立つことである.一般に,金属試料では,純粋なものほど低温での抵抗値は小さくなるので,この値は高品質の試料ほど小さくなる.現在では,多結晶試料で0.15 [m$\Omega$cm]以下の値のものが得られている.

以上のようにYBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7-\delta }$系の電気抵抗は酸素欠損量$\delta$の増加とともに,金属的伝導から半導体的伝導へと移り変わる.キャリアと呼ばれる伝導の担い手は,金属ではもちろん伝導電子であるが,半導体では必ずしも電子とは限らない.電子が,半導体のギャップ中の不純物準位上に励起されると,価電子帯に正孔(hole)が作られるが,この正孔が伝導を担う場合がある.これがp-タイプの半導体で,キャリアが電子の場合はn-タイプの半導体と呼ばれる.伝導がn-タイプかp-タイプかを判別する簡便な実験方法としてはホール係数の測定が知られている.ホール係数$R_{\rm H}$は,一種類のキャリアしか存在しない場合は,そのキャリアの電荷$q$とその濃度$n$だけの関数となる.YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7-\delta }$系では,$\delta$の全領域でホール係数が正である.すなわち,テトラ相やオルソII-相ばかりでなく,オルソ-I相の金属的な温度依存性も電子ではなくて正孔による伝導を示唆していることになる.しかも, $\delta \approx 0$での約 $3\times10^{21}$ [cm$^{-3}$]という正孔濃度は,見かけ上3価の銅イオン濃度におおよそ対応している.つまり,約$\frac{1}{3}$の2価の銅イオンが1個のd電子を失って,dの正孔をもった3価のイオンとなっているとも考えられるわけである.

図 23: オルソI-相(a,a$^{'}$),オルソII-相(b)とテトラ相(c,c$^{'}$)の帯磁率の温度および試料依存性
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\includegraphics[width=0.4\textwidth, clip]{taijiritsu.eps}
YBa$_{2}$Cu$_{3}$O$_{7-\delta }$系の磁気的な性質が酸素濃度とともに,どのように変わるかをみてみよう.オルソ-I,オルソ-IIとテトラ相の間には,まず帯磁率の温度依存性にかなりの差があることが図23からわかる.室温近くでは,オルソ-Iの帯磁率の値は他の相に比べて大きく,試料によっては曲線aのように帯磁率が低温で小さくなるものもあるが,概して温度依存性は小さい.オルソ-IIでは,低温で超伝導が起こるまで帯磁率は増大する傾向にある.この低温での増加は,テトラ相でより顕著になる.しかもこのテトラ相では,曲線c,c$^{'}$が示すように試料依存性がかなり大きく,それは酸素濃度の違いによっているものと考えられる.酸素濃度依存性を詳しく調べた結果,室温近くでの帯磁率の値は,濃度と共に減少するが,低温では急激に増大する傾向があることが明らかになった.このように電気抵抗と同様に,磁気的な性質も酸素濃度の変化によって強い影響を受けていることがわかる.これは,銅の価数がまわりの酸素原子の数によって変化していることを示唆している.
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Masashige Onoda 平成18年4月11日