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量子スピン系 -- 高温超伝導関連系

物質の磁性を解析する際に有効な分子場近似は,スピンを古典的なベクトルとして,その$z$成分のみを問題にする.しかし実際にはスピン$S_{x}$$S_{y}$$S_{z}$はともに演算子であり,それらの間には交換関係が成立することに注意しなければならない.またスピンの$z$成分と長さの比 $S_{z}/\sqrt{S(S + 1)}$は1より小さく, $S = \frac{1}{2}$のときこの比は最小となる.これらの量子効果は, $S = \frac{1}{2}$の場合や反強磁性の基底状態を決定する上で重要となる.一般に$S$が大きいほど分子場近似に近づく.

フラストレーションのある系では,量子効果のために量子スピン系と古典スピン系ではまったく別の秩序が起こることがある.たとえば一次元$J_{1}-J_{2}$模型では,古典系ではスパイラル秩序が現れるのに $S = \frac{1}{2}$系では二量体秩序が現れる.このようにフラストレーションの強い系は量子効果の最も強く現れる系として理論的にも実験的にも興味深いことがわかるだろう.現在活発に研究されている格子は図2に示した三角格子$^{3}$およびスピネルB格子(あるいはパイロクロア格子10である.

図 4: 一次元鎖(1-D),二本脚梯子格子,三本脚梯子格子,正方格子のモデル.丸はスピン$S$ = $\frac{1}{2}$を持つ原子を表し,スピン間には反強磁性相互作用$J$$J'$$J''$が働く.
\includegraphics[width=120mm, clip]{square-lattice.eps}

銅酸化物高温超伝導体出現のシナリオを一言でいえば,「反強磁性構造を持つ二次元CuO$_{2}$面にホールをドープすると,反強磁性が壊され超伝導が現れる」ということになるだろうが,種々の実験結果を明快に説明できる理論があるわけではない(あれば間違いなくノーベル賞だろう)$\cdots$

では二次元CuO$_{2}$面以外で超伝導が出現することはありうるのであろうか.このような発想のもとで登場したのが,図4に示される梯子格子系である.これは $S = \frac{1}{2}$のハイゼンベルグ型反強磁性一次元鎖が複数本梯子のようにつながったものを指す.二本つながったものを二本脚梯子,三本つながったものを三本脚梯子というように名づける.これは一次元鎖と銅酸化物高温超伝導体における二次元面格子を連続的に結ぶ擬一次元的な平面格子として見てとれる.真に単純な一次元鎖は量子ゆらぎのため長距離反強磁性秩序をもたず,また磁気励起にギャップを持たない(スピン液体).一方,銅酸化物高温超伝導体の母物質では長距離反強磁性秩序が実現する.それでは梯子格子ではどのような基底状態になるであろうか?この種の研究は基礎物理学的興味のみならず,高温超伝導の機構解明とも関係づけられる.実は梯子を形成する鎖の本数で基底状態は異なる.奇数本の梯子ではスピンギャップを持たないが,偶数本の場合は短距離スピン相関が強くスピン液体が基底状態となり磁気励起に有限のスピンギャップが存在する.さらにそのようなスピンギャップ系にキャリアを導入しても,有限サイズのスピンギャップが生き残り,基底状態としてd波の超伝導対称性を持つようなスピン一重項対超伝導が実現する,との理論的予測がたてられ,実験が活発に行われている.

興味深い格子系は数多く存在する.CaV$_{2}$O$_{5}$のVイオン(3d$^{1}$)のネットワークはトレリス格子系と呼ばれ11,上で紹介した相互作用$J'$$J''$を持つ二本脚梯子間にジグザグの相互作用が働く系である.本物質の帯磁率の温度依存性はギャップの存在を示しており,その起源は,$J''$が有効に働くことによる二量体形成に帰着される.わかってしまえば当り前の結論であるが,これを研究初期の段階で明確に主張するには,優れた試料合成力と構造・物性に対する深い洞察力がなければ成し遂げることはできなかった.一方,本物質と同様のネットワークを持つNaV$_{2}$O$_{5}$(3d$^{0}$/3d$^{1}$ = 1)のVイオンは混合原子価状態をとるが,この場合は$J''$に対応する経路上で分子軌道を形成するために一次元磁性を示し,ある温度以下で電荷局在を起す $^{5}$.これらの系は世界中でかなり活発に研究されている.


Masashige Onoda 平成18年4月10日