量子センシングと量子コンピューティング

                   Quantum Sensing and Quantum Computing 


量子コヒーレンスを活用して超高感度測定を行うことを量子センシングと呼びます。量子センシングとして、常温で長い量子コヒーレンス時間を持つダイヤモンド窒素-空孔(NV)センターが最近大きな注目を集めています。

天然ダイヤモンドは無色透明なものほど珍重されますが、ほとんどのものは微量の不純物元素を含み、色を呈します。その一種としてダイヤモンドNVセンターが挙げられます。窒素元素と原子の欠けた空孔が隣あわせとなった窒素-空孔(NV)センターはとてもユニークな性質を持ちます。


diamond-NV-structure


ダイヤモンドNVセンターに緑色のレーザ光を照射すると赤色に発光します。ダイヤモンドNVセンターから放出される光を検出し、量子コヒーレンスを活用した超高感度センサーの研究が盛んに進められています。さらに量子情報を担う素子としての研究が盛んに進められています。

 

ダイヤモンドNVセンターの基底状態は3重項(m = 0, 1, -1)であり常磁性を示します。ここに外部から3 GHz近辺のマイクロ波を照射すると、m=0とm=±1の準位間で電子スピン共鳴(ESR)が生じます。ダイヤモンドNVセンターのユニークな性質からこの共鳴をダイヤモンドNVセンターから放出される光を用いて検出することが可能です。マイクロ波の振動数を変えながら発光強度をモニターすると図のようにディップが生じます。図の例ではこの二つのディップの共鳴振動数の差から4.080 mTの大きさの磁場が印加されていることがわかります。


私たちは、IIa型高純度CVDダイヤモンドチップに窒素15イオンを注入して作製したダイヤモンドNVセンターを用いた磁気顕微鏡を開発しました。広視野顕微鏡を用いた上でマイクロ波周波数変調を行うことにより定常マイクロ波を用いた場合よりも高い磁場感度を実現できました。ダイヤモンドNVセンターを用いた磁気センサーは高い磁場感度を持ち、室温で動作することから、広く産業への応用が期待されています。    

[Y. Miura, S. Kahiwaya, and S. Nomura, Jpn. J. Appl. Phys. 56, 04CK03 (2017).

 G. Mariani, S. Nomoto, S. Kashiwaya, and S. Nomura, Sci. Rep. 10, 4813 (2020).] 


さらに、マイクロ波パルスを印加することにより、たとえばm=0とm=1の準位間の量子スピン状態をコントロールすることができます。ダイヤモンドNVセンターのもう一つのユニークな性質からレーザ光照射により量子スピン状態を|0 >状態に初期化することができます。そののち、二準位間のエネルギーに共鳴した振動数のマイクロ波パルスを照射すると、下図に赤の太い矢印で示した量子スピンは回転運動をします。パルス照射時間の増大と共に回転角θは増大し、量子スピン状態|Ψ>は|0 >と|1 >の二状態間を振動します。これをラビ振動といいます。


このラビ振動はダイヤモンドNVセンターから放出される光を用いて検出されます。室温でこのような量子スピン制御が可能なことから、ダイヤモンドNVセンターは量子情報処理、量子コンピューティングのための素子として注目を集めています。




さまざまなデカップリング手法を用いて、環境からのノイズを遮断し、量子情報処理、量子コンピューティングのための長いコヒーレンス時間が得られています。


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